めがねさんの百合ごはん雑記

百合とごはんと日常について。

ちいちゃんの手

おねえさまが言うには、わたしの手は頭痛薬なのだということだった。
「ちいちゃん、手」
部室のパイプ椅子をいくつもつなげて、おねえさまは寝転んでいる。はしたなさを咎めるひとはここにはいない。
わたしはそろそろと畏れながら近づいて、おねえさまの額に触れる。長袖の厚ぼったい制服を着てさえ、冷え性のわたしの指はひんやりとおねえさまの額を癒す。
「ああ、気持ちいい」
おねえさまの薄い唇が安堵の息を漏らす。カーテン越しに差してくる微かな日差しの中でその色の薄い唇は銀の薔薇のようにみえる。
わたしは自分の指が、自分のものでなくて、おねえさまの一部になってしまったように感じる。わたしの意志、わたしの気持ち、そういうものとは関係なく、おねえさまを癒やし慰めるためだけのものになったように感じる。
部室の時計はあと少しで昼休みが終わることを告げていた。わたしたちが動かずにいるように、時計の針もまた動かずにいれば良いのにと思う。
「ちいちゃん、このあいだのこと、見てたでしょう」
と、おねえさまは言う。
わたしはびくりとして、指をおねえさまから離してしまう。
いつか、より深い黄昏の中で、おねえさまとあのお方が激しくお互いをいだきあい、むさぼりあっていたことの記憶を消してしまいたいと思う。
「あのことは誰にも話してはいけないわ。わかる?」
わたしはひと言も口がきけずに、小さく何度もうなづいた。
「ちいちゃん、手」
おねえさまに言われて、わたしはもう一度指を伸ばした。さらさらとした額に再び触れる。
「手、気持ち良い」
おねえさまはうっとりと言った。
あの時と同じ声音で言った。