めがねさんの百合ごはん雑記

百合とごはんと日常について。

パソコンの電源ユニットが壊れました

(とてもかなしいのでSSを書きました。気が動転しているのでオチがありません)


きみが初めて私の部屋を訪れたのは、10年ほど前、父に連れられてのことだと記憶しています。恐る恐るきみに触れた私は、意外なほどずっしりした体躯にひどく驚かされたものです。
「今日からコレはお前のものだ」
父はそう言ってきみを私の部屋に置いていきました。銀色の甲冑に身を包むようにして、きみは全身を緊張感にこわばらせ、慣れぬ私の部屋を睥睨し、これ見よがしにため息をつきました。
「何をさせようというのだ、主人」
「あ、あの、自作パソコンというものを……」
私がおずおずと申しますと、きみはまた大きく、あきれ返ったようなため息を落としました。
「そりゃあそうだろう。私は電源ユニットなんだ。自作パソコン以外のものに使うわけがない。きみは阿呆なのか。もう少し勉強したまえ。何をやりたいんだ。私になにをさせたいんだ」
「ええと、その、本の組版などを……」
「あ?」
「い、いんでざいん?とかいうものを……その」
私がごにょごにょと言葉を濁しておりますと、きみは小さくかぶりをふりました。
「てっきりグラボをたんまり積んで、オンラインゲームでもするのかと思っていたがな。静止画なら私のように高品質の電源は要らないのじゃないか?」
「いえ、その、」
貰い物なのだとはなかなか言えませんでした。私はどうにか唇を湿しながら言葉を継ぎ継ぎ言いました。
「きみとは、長く付き合ってゆきたいんです。できるだけ長く」
私がそう言うと、きみはどうにか機嫌を直したようでした。ふん、と大きく息をついて、それから、はやくつなぎたまえ、と急かしました。

そうして、マザーボードやらメモリやらCPUやらHDDやら……たくさんのいろいろなデバイスが組み合わされ、一つのケースに収められました。
「い、いきますよ」
「うむ」
私はきみのうなじにそっと手をやり、ゆっくりと力を込めました。
全てにいのちが吹き込まれ、そして軽やかに系(システム)が起動した日の感動をよく覚えています。

きみは、働きはじめると機敏でした。ぶつぶつと不満を言うこともせず、静かに動いていました。
それでもごくごく稀にエアダスターで吹いてやると、驚くほどの汚れを溜め込んでいたことが分かるのでした。
「……こんなになるまで。ごめんなさい。気づいてあげられなくて」
「ふん、はやくしたまえ。きみのような臆病ものに、中を開けられるはずがないのだから外から軽く吹いてやるにもげんどがあろう」
きみはどこまでも頑なでした。いや、それは私が臆病だったからかもしれません。拙い私が不用意にきみに触れて、もしも壊してしまったら……。
いつしか、私はきみのことが好きになっていました。きみがいなくては生きていけないような気がしていました。
新しいものに交換すればいいというものではないのです。誰よりもかけがえのないあなたがいなければ、どんな言葉もむなしく、紙の上に書かれただけの薄っぺらいものになってしまうでしょう。
きみは寡黙で、秘密めいて、そして孤高のものでした。その静けさは時に安心と退屈に結びつきます。
たくさんのマザボが、メモリが、使われては壊れていきました。たぶん3世代分ぐらいは流れていったでしょう。それでもきみは壊れませんでした。きみはずっと壊れないような、そんな錯覚におちいっていました。
壊れないものはない。死なないひとはいない。
そんなこと、あるはすないのに。
いつまでも一緒にいられるような気がしていたんです。いつかの方便のように。

最初のきっかけはHDDの不調のようでした。3年半も保ったのだから寿命かもしれないと思い、バックアップとOS再インストールを試しました。それでも念のために新しいのを買って、データなどはそこへ移すつもりでいました。
そうしてガタガタといつものように中を触っている時、君は静かに一言の別れもなく息を引き取りました。
ふたをしめてスイッチを入れるまで私はそれに気づきませんでした。なにも言わず、私がなにを察することも出来ぬままに君は旅立ってしまったのです。
最後まで寡黙な君でした。本当に君が死んでしまったのか、私にはまだ信じることができません。もう一度つなぎ直せばまた傲岸不遜に動き出すのではないかと思ってやみませんそうだったらなんて素晴らしいのでしょう。
何度も何度もつないだり外したり放電させたり、いろいろなことを試しましたが君が動くことはありませんでした。
私は初めてケースから君を外しました。君の仕様が550wであることを初めて知りました。今までそんなに意識したことがなかったのです。型番から君が10年以上まえの新製品であることも分かりました。今はもうないメーカーのものであることも。
死んでしまってから分かることがたくさんあります。どれも本当は大切なことでした。
君にうまく伝えられなかった、ありがとうとごめんなさいを、私は誰に向けて言ったらいいのかわかりません。
君が生まれ変わったら、次も電源ユニットでいてください。そして同じくらい長持ちして、持ち主を驚嘆させてください。
ご冥福をお祈りします。