めがねさんの百合ごはん雑記

百合とごはんと日常について。

映画版ハーモニー本気で賞賛の感想(12000字あります)

(11/17:誤字を直しました。ごめんね、キアン)

(11/19  6000字ほど追記しました。)

http://i0-0i.hateblo.jp/entry/20151119/1447858909 

 

ハーモニーを見た。

クライマックスから映画が終わってエンドロールが終わるまで、私はどうしようもなく号泣していたのだった。
すばらしかった。
一言で言ってすばらしかった。
すばらしかったというのが陳腐にすぎるなら、こう言い換えてもいい。
――やっと、この物語について理解出来た。
それについて語ろうと思う。ネタバレと自分語りと百合妄想を大量に含みます。

知っているひとは知っているが、私は原作小説「ハーモニー」について二次創作(正しくは、東方神霊廟によるハーモニー形式の二次創作)をやったことがある。
ということは、原作小説を読んで、それなりに感銘を受けて、原作をそれなりに愛している側の人間だ。
けれどもその愛の形というのは、「百合」ジャンルを愛する者としての愛であって、本書に込められたテーマについて十分に理解していたわけではないことをここに告白する。

原作ハーモニーについての不満を少しだけここに改めて告白する。
(その瑕疵も含めて好きだ、というたぐいのものではないことをお詫びする)
1.ミァハ、トァン、キアンの「三人」ではなくトァンとミァハ「二人」だけの物語であること
→あまりにもキアンがみそっかすで、仲間外れで、平凡な馬鹿扱いで可哀想なのだ。過去には心中が失敗した要因であり、現在においても早々にカプレーゼの銀食器で死んでしまう。

2.トァンのメンタルが男らしすぎる印象があること
→名前の由来であるケルト神話においては、トァンはヌァザを殺す、父と息子の物語である。
父との関係に限らず、トァンとミァハの関係性においても、トァンは非常に少年的、男性的であり、百合というにはあまりにホモ的であるという印象を受けていること(個人の感想です)

3.特に最後のチェチェン近くにおいて、描写が不足している
→執筆体力的な問題なのか、原因はわからないが、息切れしている印象が否めなかった。とにかく状況がわからないし、どうしてそうなったのか、そこにはなにがあるのか、キャラクタたちはなにを考えたのか、読んでも今一つぴんとこなかった。


映画は、これらの瑕疵を見事に克服していた。順番に述べる。

1 キアンが見事だった
原作版のキアンはただのお馬鹿さんというか、なにも知らない子、という感じだった。陰も薄かった。すぐ退場するせいが大きい。
映画版は退場のタイミングこそ同じだけれど、いくつかの重要なセリフを担っている。

最初、地下鉄で羽田空港から墨田(都内)へ向かう地下鉄において、彼女はトァンの話を聞きたがる。


キアン「みんなトァンの話を聞きたいと思うよ」
トァン「誰も戦争の話なんて聞きたがらないと思うよ」

この会話が実はすごく重要。

クライマックスで、トァンはミァハと会話をする。

ミァハ「ここの壁にはたくさんの精液とたくさんの愛液と、血と、涙と、鼻水が染み込んでいる」
トァン「やめて」

ミァハが経てきた戦争の話、凄惨な話。それを聞きたがらないのはトァン自身だ。

また、キアンの視点での動きをトァンが追体験するのは、格超現実(オーグ)越しの映像を何度となくトァンが見るシーンであったり、キアンが聞いたミァハからの通話を通じて自殺を追体験するシーンであったりする。
トァンはミァハに憧れ、ミァハには絶対にかなわない、ミァハに強く引かれていたし、その一方で、あまりに普通の女の子であるキアンはトァンにとってはどうしても馬鹿にしてしまう存在というか、どう見ても特別にはなりえない存在であった。
けれども、生き残った存在であったキアンに眼の前で自殺されて、トァンは激しく動揺する。というのは、二人が死んで、一人が生き残る(自分だけが)ということになる。自分だけが取り残された、という構図。
 覚えておいてください。
 二人が先に行き、一人が取り残された、という構図を。
3という数字はあまりにも簡単に、1と2に分かれてしまう。たった一人とそれ以外、という構図なんです。
これは総数が2ではけしてあり得ない。2が分かれたならそれは1と1でしかなく、1と1の間にどちらが優位、どちらが劣位ということは区別しようがない。
これが3だと違う。1と2の間には必ず優劣がある。2こそが正義で社会で多数派になる。

作中での孤独な1は、それぞれ担い手が違う。
ある時はミァハだった。ミァハだけが過去に死んだ(ことになっていた)。
ある時はトァンだった。ミァハが実は生きていて、キアンが自殺したとき、おいて行かれたのはトァンだった。

そして最後に、それはキアンになった。ミァハがトァンと一緒に死んだから。

どういうことかというと、一番最後のシーンでETMLタグの書かれた石版?(あの旧型のiPod Shuffleみたいな形した白いやつね)の前に座っていたのがキアンだとわかった瞬間の、キアンの心情としては「また、わたしだけ」なのかもしれないが、もはや意識がないので、もう彼女がそれを感じることはないだろう。
そこから一気にヒキで世界全体が示され、最後で、学生時代の回想シーンを声だけで再生するのが、卑怯なほどに涙腺をついてくる。3人が一堂に会していられたのはあの瞬間だけだったのだと。取り返しのきかない一瞬の青春時代だったのだと。

キアンが二人のことを見ていた。この二人のことを見つめていた。優しく見守っていた。

学生時代にミァハとトァンがキスをするシーンがある。そのシーンでキアンはそれを見ている。
同じようにキアンはずっとこの二人の愛憎を見守っていたのだと考えるとすごく泣ける。学生時代もそうだろうし、学生時代には見られなかった「プライベートなこと」をもETML上では見たかもしれない(我々が映画の中で見たように)
特に、エンディングの歌「ghost of a smile」の歌詞は、亡霊の視点で見た歌だ。僕が死んだからって泣かないでください、というような。
そこに没入すると、すごく泣ける。
(思わずミァハ×キアンの二次創作を書きたくなったぐらいに頭の中でもう完全に物語が出来上がっていた。お話の中だとミァハはトァンとしか絡まなかったように思えるけど、本当はキアンとも出来てたと思うよ派です。映画版のミァハなら二股ぐらいする。むしろミァハは誰のことも愛してない感じがしてすごく良い。あいつ、ただのテロリストだと思います。これは後述)
もしも、オープニングの<これは、敗残者の物語>が、キアンの視点だったらと思うと、また泣いてしまう。
キアンは、一人だけ、負けて残ったのだ。ミァハに喜んでもらおうと思って勇気を出したのに。

っていう役回りを、キルラキルでマコ役をやった洲崎綾にやらせるっていうねー! ほんとにねー! 殺す気か! 死ぬぞ!(おれが)


余談だが、同じような、「凡人の悲しさ」のようなものを他のキャラクターでも感じることがあった。

「子供が親の想像力を越えてしまったら、親は子供になにがしてやれるというのですか」

ミァハのお母さんが言うセリフだが、非常に深いものがある。

あとカールおばさんがトァンに憤怒している最後の方のシーン。

カール「貴女の両肩に世界がかかっていると思いなさい」
トァン「ぶっちゃけ、世界とかどうでもいいです(意訳)」

 というやりとりの時のカールの顔が完全におかんだった。子供が親の想像力を越えてしまった瞬間、おいて行かれた側の人間なのだ。とても同情する。

 


2.トァンがちゃんと女の子だった
 ポイントは二つある。ミァハとの関係と父との関係。

 原作からの改変点として、ミァハとトァンの関係性が完全に付き合ってるね、これ、というような距離感の近さというか、キスとか手つなぎとか押し倒しとか、めっちゃ身体的接触が多かった。たぶん原作より圧倒的に多いんじゃないかな。少なくとも原作にはキスシーンはなかったと思うし。わりと脈絡なくちゅっちゅしてた。
百合好きにもいろいろいて、こういうのが多いと辟易してしまうタイプのひともいるし、ヒャッハーってなるひともいる。私は結構な割合で前者だったことがあるのだけれど、今回に限ってはなんか平気だった。このお話はそういうものなんだなー、ぐらいで。たぶん、前述の理由でキアンがみそっかすじゃなかったことが気持ち的なゆとりを持てたことに大きく影響していると思う。あと、ちゅっちゅは前半にかなり投入されていたせいもあるかも。
あとけっこう最初の方の謎のプールシーンがすごく絵的に???ってなるシーンで、水の中に入っても濡れた感じがぜんぜんしない作画というか、フィルタかけ忘れてない??大丈夫??みたいな感じだったので、逆に作画とか絵造りのところには期待しない、みたいな心構えが出来た。(←これは正直あんまり褒めてない。ごめん。作画はもうちょっと頑張った方がいいと思うけど、予算が少ない中頑張った感じはあるけど、まあそれでも、うん、という感じではあるけど、RWBYみたいなものだと思えばまあうん……(繰り返し)本来、ミニシアター系で上映すべき低予算映画だと思って見ると気持ちが安心です。今もうミニシアター系って映画館自体が減ってるしね)

トァンとの関係がきわめて肉感的というか恋愛そのものというか、ぶっちゃけレズそのものだったせいで、クライマックスシーンにおけるトァンの決断にすごく納得がいった。個として成り立っていないと、相手に対して抱くこの気持ちを保てないというか、恋愛って、個対個の関係性で初めて成り立つもので、ハーモニーシステムが起動したあとは、恋愛は成り立たないものだと思う。
あとね、前述の「戦争の話なんか誰も聞きたくない」理論においては、やっぱり「聞きたくない」って聞き手のエゴというか、自分が愛せるものしか愛したくない、っていうね。

原作でのトァンの行動は、基本的には「ミァハ殺すべしイヤーッ!!」ていう感じていうか「オマエだけは絶対に理想郷に生かせてやんねーよバーカ!!」みたいな殺し合いホモみたいな感じで「まあ、アイツ殺した後、やることねーから死ぬわー、システムキライだし」みたいな感じで、父やを殺したテロリスト・ミァハに対する殺意で殺した感じだったんだけど(その割には父やキアンに対する愛情がイマイチ感じられないというか、まあ、キアンに助けられ、父にかばわれて生き延びてるわりには自分が生きていることに感謝してる感じがしないのがすげー難点だと思うんだけど)。
映画版のトァンは恋愛脳というか、「自分が愛したトァンは個を持っている過去のミァハ(虐待も受けてないし、少数民族でもないし、ましてや理想郷のハーモニーシステムに取り込まれたわけでもない、他にはない魅力的な個性を持った、社会からちょっと浮いた存在であるところの)、学生時代のミァハをこそ愛していた、だから殺す。過去のままの貴女を愛したいから、とどめておくために殺す、という感じになっていたのがすごくよかった。身も蓋もない書き方をしすぎて、どこが魅力なのかが伝わりづらい書き方になってしまったのが惜しいところだけど、すごくここで泣いたのでした。
愛のために生きたり死んだりするって、すごく女っぽいなって思う。レズだけど。
あとミァハとトァンの関係性に肉感を求めないひとは、あらためて、どうしてミァハがわざわざ「わたしたちの子宮が」とか「わたしたちのあそこが」とかを連呼していたのかを今一度考えてみるといいのかもしれない。百合というのは、精神的なものを含みながらも、肉感的なものをも飲み込む概念なんだと思うんだ。
というのは結局ハーモニーシステムがインストールさせても我々の肉体というハードウェアは物理的にはスタンドアロンなわけで~~~とかいう話をしていくとどんどん話がそれていくので後に回す。

(書き忘れていたので追記。)

性的虐待を受けていたミァハがことさらに自分の自由意志に基づいて自分の性のあり方を強調したがる文脈での解釈をあとで考えた上で付け足すこと。(追記ここまで)


父との関係について。
特にヌァザとバイク二人乗りするシーンで、父の背中にぴったり頬を寄せて乗るところはすごく「娘」だった。息子ではああはならない。
川で再会したときの、父に捨てられた娘という感じの表情と、二人でコーヒーを飲みながら語らうシーンが特に娘と父、という感じがしていて良かった。
コーヒーの入れ方がすごく独身老年男子っぽいというか、あそこのシーン、カップがいっこしかないんだよね。たぶん、父の自分用のやつ。お客こないから。
鍋にコーヒーの粉と水いれて、ぐつぐつ煮て、しばらく静かにして粉を沈ませて、上澄みだけ飲むやつだよね、アレ。めっちゃ苦くて粉っぽい味するやつ。あの大ざっぱ感がすごいよかった。お客をもてなしたことのないヌァザが、十数年ぶりに娘を歓待する時のちゃんとしたやり方がわからない。不器用パパかわいい。
あと照明に頭ぶつけたあたりが、ほんと、あそこの部屋、お客さんこないんだよなーって。そういう位置に照明をぶら下げないよな、普通。

 

3。背景描写について
バグダットもチェチェンも行ったことがないからなんとなく想像の世界になるんだけど。
まず、未来の日本の情景について。
まずナノマシンが設定上なくなっていて、メディケアは外部装置になっていた。だから今の日本と比べてまだそれほど遠くない未来(2070年代)ということになっていた。胃腸で内服薬は吸収される仕組みだし、さもなければ鎖骨のあたりに簡単な注射が出来るような入り口が出来ている。

だから、Watch Meの勧告に従うのはあくまで自由意志なんだよね。生命主義の立場のイデオローグを支持するのはあくまで人間の自由意志。それは世界すべてを覆っているわけではないけれど、少なくとも高齢化社会が早く訪れた日本においてはそれなしでは生きていけなくなっている、という過渡期の技術。
原作だとわりと世界全体を覆い尽くしていて、かなり遠い未来という印象があったので、驚いた。
自由意志に基づいて、種々の選択は行われていて、Watch Meやメディケアはサポートしているにすぎないというのが奥ゆかしくてよかった。オーグも万能とは言えない。簡単に取り外しできるし、片目にだけ、ただ情報を開示するだけ。強制的に操るわけではない、というのがとても地続きだ。個人のパーソナリティを把握するのに静脈認証なところがとても良い。ナノマシンで遺伝子情報をうんたら~みたいなことも出来るはずなのだけれど、オーグはあくまで光線(赤外線かな?)で静脈を読みとって認証する。つまり個体の識別は個人の遺伝情報(どのように生まれたか)によってのみ行われるのではなくて、外部への表象(どんな静脈、どんな指先、どんな指紋、どんな風に組織を形作ったか)までを含めて個人なのだ。
ちなみに豆知識だけど、鎖骨がどうして鎖の骨なのかって、昔中国で奴隷をつなぐための鎖をつなげていたのが鎖骨なんだって、っていう話を連想するように、Watch Meのある場所がわざわざ鎖骨にしてあるのが隠喩的。
全体的にとても町並みが「地続きで普通」だった。建物とか壁とかの模様がめっちゃ内臓とか血管とか子宮を連想させるタイプのインテリアだったところがとても隠喩的で悪趣味。たぶん住んでいるヒト的には「まあこういうのが最近の流行??」みたいな感覚なんだろうけど2015年に生きている私たちにとってはすごく居心地の悪い悪趣味なデザイン。
一カ所残念だったのは、イタリア料理のレストランで、あの謎のしましま模様の床は、どう考えてもあのインテリアなら絨毯にすべきなのに、ナイフが落ちた時に「カチャーン!」って言うから堅い床材なのだなということになってしまうこと。あそこ絨毯にしたら普通に今のマルノウチスゴイタカイビルにありそうな、モダンなレストランだよ。カラーリングが悪趣味だけど、モノトーンにしたら在りそう。

大学の先生の部屋の話。なんで2070年代にフロッピーディスクが残ってるんだよw とは思ったけど、あの研究室はすげー見覚えがあるというか、すごく「現代と地続き」な感がする場所だった。紙の本をわざわざ印刷しておいてあると言うよりは、昔からやっていたことの延長線上であのポストにしがみついている先生という感じがした。なるべくしてこうなったというか。あの時代にしてはすごくレトロな場所だ。彼は意志や個性を持っている側の人間だと思う。ほどほどに嗜むということを知っている側の。

あと、あのシーンは前の、ミァハの親の家から引き続いて、雨の描き方がよかった。雨粒ばっかり見ていた。
トァンの捜査の仕方は独特、というか、被害者であるキアンの身辺を探るのではなくて、最初から犯人はミァハだと決めつけて動いているあたりが「オマエ本当にミァハしか見てないんだなw」という感じがしてほほえましかった。彼女は警察官には向いていない。

 

バグダットの話をする。
バグダッドは行ったことないけれど、マレーシアやインドネシアのようなイスラム系のASEAN国にはよく行くのでそれとの連想で話をする。
あのへんの国ってすごく貧富の差があって、きれいなところはすごくきれいだし、そうでないところはとても汚い。きれいなところの壮麗さ、特に何でだかは知らないけどやたらとガラス張りだったり、めちゃめちゃ高い塔みたいなビルだったりがある。だから、バグダットのメガネのお姉さんとトァンが話していたシーンのガラス張りの渡り廊下は非常に「あー、こういう場所、偉いヒトのビルでよくある」って感じだった。
そこからさらにトァンは旧市街の方に向かうわけだけれど、旧市街の市場の喧噪はすごくインド映画とかで見覚えがある感じだった。皿に盛られたカレーとサフランライスの感じがなんだかインドっぽかった。サフランライスじゃなくてクスクスかもしれないけど粒がながっぽそい感じだったから米なんじゃないかな。わかんない。あの盛りつけをすると、ご飯すげーべしょべしょになるけどいいのかな??みたいな感じはちょっとあった。
マレーシアで言うところの肉骨茶(バクテー)みたいな謎スープと一緒に日本語の書かれたメモが添えられているところ、すごく不思議な感じがした。バグダットで、なんで日本語なんだよ。いやまあ、メガネのお姉さんとの会話も日本語だったけど、あそこはまあ、何か自動翻訳装置がかませてあるのかもしれない。でも紙の上に日本語のメモだけは、視覚情報を絶対に裏切れない。あのシーンはオーグ抜きだから肉眼だ。

だからこそ、謎のインターポールとかじゃなく、身内の人間なのだとわかる。あんまり警戒してなかった。

 

お父さんの話はさっきしたからおいておいて、インターポールと殺し合う絨毯がいっぱいひらめいているところ。正直あそこはもっといっぱい動いてほしかった。たぶん予算なかったんだろうなあとは思うのだけれど、なんていうかな、せっかく風が吹いていて、銃撃戦で、ひらひらするものがたくさんあるシチュエーションだったのだから、もっと動かした方が華があったとは思う。ただまあ、メインとなるシーンではないからな……。限られたリソースの中で削るならまあ、あそこかなとは思う。

そういえば、時系列ちょっとさかのぼるけど、バグダッドついた後、トァンがしたことといえば、ウェブ会議しながらホテルにチェックインしたことっていうのがすごくなんか、それっぽくていい。そうなんだよな、手がかりもないしな。やることないからホテルにチェックインして荷物おいて観光、もとい情報収集か、みたいな、冒険者みたいなことをしている。

 

チェチェンの話をする。
まず、いいなと思ったのが四つ足の例のロボット。アメリカの軍で似たようなロボットを開発していたと思うんだけど、確かにアレ、山岳用だった気がする。兵士が蹴り飛ばしても起きあがれるっていうのを実験して、動物愛護精神の人たちに怒られていたっけか。
裸火で野営キャンプしていたけれど、あそこ危なくないのかなあとかはちょっと思ったりはした。煙がたって敵兵に気づかれたりとか。まあ一応調停官だから平気か。殺したらいろいろ国際問題になりそうだし。あと、火のすぐそばに円筒形の水筒みたいなのがあって、あれってなにに使うんだろうな……。
ロボットとお別れするときにトァンがちゃんと、頭なでて「ありがとう、きみはここまで(意訳)」みたいなところが良かった。トァンが女の子だったポイントだ。
ミァハと出会う遺跡の背景、すごく何かで見覚えがあって、思い出せないのがもどかしい。廃墟の写真集か何かで見たのかもしれないんだけど、壊れたトイレの便器が並んでいるところとか、破けたカーテンだとか、ベッドの骨組みだけ残っているところとか、たぶん雨漏りで水たまりが多いところだとか、壁が全体的に茶色いところとか、ガラスが飛び散りまくっているところだとか。
そういう、背景の細かいところが見えるのがアニメのいいところだと思った。

ミァハが最初なかなか姿を見せないところ、カメラが右行って左行って、みたいに視線揺らしてからようやくミァハの前進が見えるようになるところ、すごくミァハが幽霊っぽくて、原作を読んでいてすら、あいつは幽霊なんじゃないか、みたいな気持ちになった。

 少し話をそらしてミァハの話をする。
 ミァハの高音ボイスと、くるくる跳ねて踊っているところ、服のデザインなどとも合まってすごくイっちゃってる感がすばらしかったんだけど、ごめんな、おれは変なところで「あの変なサンダルで錆びだらけのベッドの枠踏んだら、痛そうだな」って思っていたことをここに白状します、ごめんなさい。
あと、そこまでの間で作画がうーん、MMDみたいだなーって思っていた余韻で、あの踊りはどこからどこまでが繰り返しモーションなのかなー、みたいなことを頭の片隅で考えていました。
全体的に映画版のミァハは、イカレたテロリストでしかなくて、カリスマ性がちょっと足りてなかった感はあります。でもおれはそっちの方が落ち着く。リアルだと思う。だって女子高生のまんまの青臭いイデオロギー引きずってるってイカレてなきゃやらねえよ。
なんていうかこの作品における「イデオロギー」って絶対的なものじゃなくてあくまでも相対的なもので(脳の中の様々な欲求が相互に戦っているように)、社会を動かすにはより大きな声で欲求を叫ばなければならないわけで、その意味でミァハは闘士なんだと思う。
そして彼女の最大の欲求は(たぶん、本当は調和とか個性とかどうでもよくて)、「今、自分がいるこの世界から出たい」ということで、ミァハもまた逃亡者であり、敗残者とも言えるような気がするんだよね、おれは。
どういうことかというと、ミァハはかつて少数民族として意志を持たず、個ではなく暮らしていた。けれどもロシア兵に誘拐されて苦痛の日々を送る中で、個として目覚めてしまった。そして日本に送られてきたわけで、彼女は常にその場から逃げ出しているのじゃないかと思う。チェチェンでの苦痛から逃げだし、また日本での暮らしも苦痛だったので、逃げ出すために調和に復讐するための自殺を行った。その後、改めてハーモニープログラムの被験者になって調和を一時的に体験した結果、たぶん、幸福な気持ちになった。ひょっとして、ロシアなんかいないような、同族と暮らしていた子供時代にもどったみたいに。だから大人になってからも世界から離脱し、個としての認識を棄却するために調和を目指した。
彼女が自分の個を主張した女子学生時代と、究極の調和を目指した大人時代で変節したように見えるのは、たぶん右翼のはじっこと左翼の端っこが一見すげーよく似てる、みたいなのと同じだと思う。結局、ミァハは世界を転覆させたいっていうか世界から逃げたいだけなんだよ。現状が嫌なだけのイヤイヤ期の子供なんだよ。でも子供にとっての反抗期って自我の目覚めだっていうからしょうがない。

そう、今書きながら思ったけど、全体的に「子供時代へのノスタルジー」みたいなのを強く感じた。シナリオ的に、女子高生時代の因縁うんぬんみたいなのが強い話ではあるんだけど、ラストシーンの、iPod Shuffleみたいなのがどーんって立っててヒキで音声だけで回想やるところの、三人で居られたあの時代、感が、ノスタルジーに弱い私のツボをガン押ししてくれた(ので泣いた、って話はさっきもしたね?)


4。そのほかよかったところ。
Voice onlyのミァハの最初の犯行声明のところの声が、男と女の声がいい感じに混ざっていて、その気持ち悪い混ざり方がすばらしかった。
この映画、日本の背景もそうだけど、全体的に「気持ち悪い」感じに作られていて、それってまさにミァハやトァンたちが感じている居心地の悪さなんだけど、そこの意図が伝わらないと、わからないと思う。

 

ここからちょっと二次創作的な妄想パート。
キアンが、平凡な生活を送りながらも、昔のことを思い出したりなどして夢でうなされたり、翌朝のニュースでちょっとだけトァンのことが報道されていたりして「あー、トァンすごいなあ、頑張ってるんだなあ、それに比べて私は……」みたいなことを考えて、「少しでも立派な人間になろう。ふたりにはかなわないし、追いつけないけど、千里の道も一歩から!」みたいなことを考えて、月に15時間の倫理ボランティアに参加していたりとかしたんだとしたらすごく泣けると思いました。

だってWHOの監察官ってめっちゃエリートだし、(報道されてないから放蕩も外からは見えないので)、まるで社会にめちゃめちゃ適応していて、この公共社会に自らの生命をも省みずに身を投じているかのように思えるじゃないですか。キアンにとっては、ミァハもトァンもふたりとも眩しかったらいいなあって思って涙が出てきました(自分の妄想で泣けるお手軽なあれ)

 

ここから二次創作的な妄想パート2
ETMLが最初と最後しか出てこないという映画の特性上、誰が書き手で誰が読み手なのかというのは最後まで曖昧なままだと思っていて、ひょっとしたらそれは原作とは違うのかもって思う。ETMLそのものへの説明もあんまりないので、ひょっとしたら原作とは違うと思って、自由に想像してもいいのかもしれない。原作だとばっちりトァンが書き手なのはおいておいて。

その前に、なんでハーモニーシステム起動後の人々が、ETMLで記録された文書を読む必要があるのかという話をしようと思う。
合理的に構成された社会において、なぜ娯楽や、他人の人生の記録文書を読み返すことが必要なのかという話。
映画版は原作に比べると(ナノマシンをはじめとして)技術的に未熟で、イデオロギー的にもまだWatch Meが全世界を支配しているわけではないという世界観なんだと思った。ということはヒトという種族の器質的に、連続して働くと疲れてしまう、というようなことは普通に(我々と地続きに!)起こりうることなのだと想像される。だからそれを一度リフレッシュさせるための道具として、ETMLで記述された人生はある。
ハーモニーシステム以後の世界においても(今、我々が休日に映画を見てリフレッシュしたみたいに。あるいは、夢というのは脳が記憶を整理してデフラグをする機能を持つとされているみたいに)、人々は何らかのリフレッシュを必要とする。ミァハが言ったように、ひとはデッドメディアと向き合う時だけ孤独になれる、みたいに、器質的な問題から娯楽や気晴らしとしてのETML、つまり擬似的に孤独になるためのメディアが必要になるのかもしれない。

でも個としての意識は失われているから、文章を読んで感情を呼び覚ますということが出来ない。だからETMLの感情タグによって脳のしかるべき化学物質の配合やら電気信号の具合やらを再現して、「ああ、この時、このひとは悲しいという感情だったんだな」というのを改めて追体験する。タグで記述されない感情がもしあるとしたら、それこそETMLの欠陥となるのだろう。そして、おそらくそれこそが、トァンがミァハを殺してでも守りたいものだったし、ミァハをあちらへ行かせたくない理由でもあったのだろう。
まあでもミァハはトァンのことなんか、全然見てなかったと思うけどね。

これらをふまえた上で、冒頭のETMLで示された、
「敗残者」とは誰なのか?
「脱走者」とは誰なのか?
そういうことを考えると、これは3人のどれでもあるんだと思う。
そもそも矛盾しているのだよ、この言葉は。
「敗けて残った」のか「抜けて逃げた」のとでは全然違う。残ったのか逃げたのかというところが全然違う。
さっき書いたような気がするけどもう一度書く。

学生時代にイチ抜けたのはミァハで、負けて残ったのはトァンとキアン。
その後、イタリアレストランで、キアンがトァンに差を付けて追い抜き、死の淵というミァハのそばに行くことができる。負けて残ったのはトァン。
最後に、ミァハとトァンが先に行き、読んでいるキアンが残る。

死んだはずのキアンがハーモニーシステム中でのみ生きられている、みたいなのがあるとおれはうれしくてしょうがないんだが(どういう仕組みなのかはわからないとしても)

あと個人的にはキアンは結婚して、子供もいたりなんかしてくれるとうれしいよねー。平凡なヤツが最後に残る話が好きだ。

 


5。よくなかったところ。
他の人がさんざん書いているだろうから手短に。
・予算なかったんだろうなー……。
・基本的にのっぺりしている。フィルタかけ忘れたかな??て感じに。
・基本的にセリフが長くて、画面を動かして単調じゃないように見せかけているけど、まあやっぱりたるい。イタリアレストランまでは耐えられたけど、インターポールあたりからつらくなってきた。
・百合が好きでレズが嫌いなひとはつらいだろうね。うん。それはもう性癖だからしょうがない。
・ミァハのカリスマに共感しちゃったヒトはつらいと思う。ミァハがおれらのポジションまで降りて来ちゃったから。

 

6。どうしようもない二次創作ネタのメモ。
・学生時代、ミァハによって「プライベートなこと」の手始めとしてオナニーの手ほどきをうけるトァンとキアンがそのままレズセックスにもつれこんだらいいとおもう(言うに事欠いてそれか)
・映画版ではプライベートって言葉がたまらなくエッチな言葉だという設定がなかったのをいいことに、映画版では、セックスはめっちゃオープンな出来事であるというねつ造設定を提唱したいと思う。にこにこしながら他人の愛に満ちたセックスを見守っている公共的な市民(代理:キアン)って楽しそうにグロテスクでいいですね!
・オーグで記録された、キアンに自殺される直前の、なんとなく弱った表情のトァンの表情をしみじみサディスティックに眺めながら、没収したボルドーを傾けるオスカーおばさんがいたらいいと思う。「この子も友達の前だとこんな顔をするのねえ(じゅるり)」みたいな(この際だから登場人物をみんなレズにしたくてしかたがない百合厨的想像力)

おわり。

(過去作サルベージ) きっときみは

(元のファイルは名前入れ替え小説なんだけどね)

 


「あのね、たつきちゃん」
 帰ろうとしたところで、織姫に話しかけられた。

「映画を見に行こう、なんでもいいから」

 

 

 

 

 

 

 

きっときみは

2005.12.25 merry christmas

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言われると、ものすごく悩む。

 普通、映画って、見たいものがあるから行くものじゃないだろうか。
 それなのに「なんでもいい」なんてのは、なんだかおかしい。

「映画じゃなきゃだめなの? 水族館とか美術展とか、そういうのじゃなくて?」
 たずねると、織姫は子供みたいにふるふるって首を横に振った。

「映画がいいの。なんか、デートって感じがしない?」

 女の子二人で、デート……ねぇ。
 そう言われても、いつものボケか、と思うだけで、深くは考えなかった。
 別に顔が赤くなったりもしない。そんなことでいちいち反応していたら身が持たない。
 織姫と一緒だと、その、いろいろと大変なのだ。


 もし、好きだって打ち明けても、黒崎一護にかなうはずはないんだから。
 だから、こんな思いはきっと、むだだ。
 好きな気持ちをおさえて、友達としてずっとここまでやってきたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 それでも結局、無難なアクション映画にしたのは多分、照れてしまったからだと思う。
 恋愛映画もヒューマンドラマもなんとなく困る。
 痒くなって、いたたまれない気持ちになる。
 自分が織姫と一緒に、そんな映画を見ているなんて耐えられない。
 自意識過剰なのかもしれないけど、なんとなく似合わないような気がする。

「すごい、並んでるね」
 織姫が言った。

 言葉の通り、上の階から長蛇の列が伸びていた。階段から玄関まで続いている。
 私たちが切符を買うと、出てきた整理券はなんと三百番台だった。

「うん。すごいね。やっぱり他のにしとけば良かったかな……ごめんね、こんなに並んでるとは思わなくて」
 自信が揺らぐ。
 この映画を選んだのは、私だから。これでもしも面白くなかったらどうしよう。

「すごい人気なんだね。楽しみ!」
 彼女はそう言って、小さく笑った。

 単なるフォローでそう言ったのではなくて、心からそう思っていてくれる。
 彼女の、そういうところが、とても好きだ。


「ねえ、たつきちゃん」
 二人で並んでいるとき、ぽつりと彼女が言った。

「なに?」
「クリスマスソングって、どうしてせつないうたばっかりなんだろ」
「あ、確かにそうかも」

(クリスマスキャロルが流れる頃には 誰を愛してるのか 今は見えなくても)
(Last Christmas, I gave you my heart. But the very next day, you gave it away.)
(いつまでも手をつないでいられるような気がしていた)

 そして、今、町中を流れているのは。

「きっと、きみは、こーなー……むぐ」
 途中まで口ずさんだところで、手のひらでふさがれた。

「歌わないで」

 彼女が妙に真剣な目をして頼むから、こくこくうなずいて、大人しく口をつぐんだ。
 
 手が離れたとき、ちょっといいにおいがしたなあ、なんて思った。
 その瞬間に自分がホントにヘンタイみたいで、かなり凹んだ。

 

 

 

 

 

 

 


 そして、映画が始まった。

 人がものすごいイキオイで死ぬ映画だった。
 出てきて平均三十秒で登場人物が死ぬ。
 銃弾と爆発の大安売りで映画の70%は作られていた。
 残りのうち10%は、唯一の生き残りである主人公のアップ。
 10%は死んだ恋人への追憶。
 10%は名前しか出てこない組織への怒り。

 正直、ありふれた映画だと思った。

 でも、暗闇の中であくびをかみ殺していた自分とは違って、
 彼女は何かが爆発するたびにびくりと震えていた。

 彼女の手を、握ってあげたかった。
 握って、安心させてあげたかったんだと、思う。
 でも、本当はただ、彼女に触れたかっただけなんだと、心の底では知っていた。
 浅ましい欲望を自覚しないほど、馬鹿じゃない。


 だから、両手を硬く組み合わせ、心を冷たく強く持って、
 ただじっと椅子の上で映画が終わるのを待っていた。

 轟く爆音が、近くて遠い心臓の音のように、強く響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「面白かったね、たつきちゃん」
「……うん。最後の方よく分からなかったけど」

 映画は、最後の最後で、あっと驚くどんでん返しを見せ、
 誰も追いつけないような展開の速さで幕を閉じた。

 反則だ、とどの観客の顔にも書いてあった。
 多分、私の顔にも。

「もう一度見てもいいかも。あ、でもなあ……」
「うん。DVD出たら借りようかな」

 私がそう言うと、彼女は唇を噛みしめて、小さくかぶりを振った。

「やっぱり、いいや。見ない」
「え、そう?」

 彼女は、強く私の手を握って、立ち止まった。
 壁の方に引き寄せて、じっと目を見つめた。

「あの映画は、たつきちゃんとだけ見る映画に決めた。
 だからたつきちゃんも、わたしとだけ見て。他の人とは見ないで」

 真剣なその物言いに、驚かされた。

「え、あ、うん……」

 うなずくと、彼女は、本当に輝くように笑った。
 うれしかった。なんだか分からなかったけど。

 妙な、独占欲みたいなものを言葉のはじに感じた。
 でも、彼女になら、独占されてもいいと思った。

 彼女になら、どうされてもいいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 冬の街はどこか他人心地だった。
 景色も建物も、変わらないいつも通りの街であるはずなのに、
 人と人の間に乾いた空気だけあって、何かを結びつけることはけして無い。

 私と彼女は間に空気を挟み、駅までとぼとぼと歩いた。
 二人きりであるはずなのに、一人でいるような心地がした。

 

「ねえ」

「え?」

 彼女が、数歩下がったところで立ち止まっていた。
 うつむいている。

 具合でも悪いのかと思って、あわてて駆け寄った。
 彼女は、うつむいたまま、私の目を見ずに言った。

「良かったら、今日、うちに来ない?」

「え、っと……?」

 唐突で、よく分からなかった。
 聞き間違いなのかとも思った。

 でも、そうじゃなかった。

「ゆどうふ、食べたいの」

 彼女は、まるで、愛の言葉みたいに甘く、その単語をつぶやいた。

「湯豆腐?」
「ホワイトクリスマスの練習」
「……豆腐が白いから?」
「うん。そう」

 冗談なのかと思ったけど、彼女は多分、本気だった。
 うつむいたままで、表情は見えない。
 でも耳がすごく赤い。

「いいよ」

 分からなかった。
 何一つ、分からなかった。
 ホワイトクリスマスの練習、なんて、そもそも言葉の意味が分からなかった。

 それでも、彼女がそう言うのなら、そうしようと思った。
 彼女になら、何をされてもいいと思った。

 

 

 

 

 

 


「えーと、じゃあ、ユーミンの『恋人はサンタクロース』は?」
「ダメ。暗い」

 彼女は即答した。

「ええー、なんであの曲が暗いのさ」
「だって、お隣のお姉さんはサンタに誘拐されて帰ってこないんだよ。暗いじゃん」
「……そっかなぁ」

 私たちが何をしているかと言うと、明るいクリスマス曲探しだ。

「じゃあ、普通に『ジングルベル』とかは?」
「ぜんっぜんダメ。だって、本当に楽しいクリスマスなんだったら、わざわざ『今日は楽しいクリスマス』なんて言わないもん」
「……そうかなあ」

 織姫のチェックはなかなか厳しく、挙げた曲はほとんど却下された。

ジョン・レノンの『Happy Christmas(War is over)』は?」
「戦争は終わらないし、I "hope" you have funだから却下。
 hopeは仮定法だから、現状は楽しくないってことじゃない」
「そうじゃないhopeもあると思うけど……」

 なんだかネガティブで不毛だなあと思いつつ、彼女の繰り出してくるヘリクツが面白くて、話を続けている。

マライア・キャリーとかは? 『All I want for christmas is you』って」
「ダメダメ。そんなに欲しい欲しい言ってるってことは、やっぱり来ないってことじゃない」
「そうなのかなあ……」

 鍋に入れる野菜を切りながらの会話は、なんだかんだで楽しい。

「賛美歌とか……あ、でもなんか曲調が暗いかもね」
「うん。中世ヨーロッパとか修道院とか黒死病とか、そんな感じ」
「……絶対に騎士と姫君にならないところがなんていうかスゴイよね」

 馬鹿話をしながらも料理は進む。
 ツリー型のニンジンだったり、雪の結晶の形をしたネギだったり、
 かなり芸術点は高そうだが、肝心のダシはちゃんこ鍋のもとだったりするあたり、
 鍋自体にはあまりこだわりは無いらしい。

「そろそろコタツに持っていこうか。もう鍋に入らないでしょ」
「……うん」

 織姫は少し遅れて答えた。
 何か、別のことを考えているみたいだった。

 卓上コンロに土鍋をのせて、沸騰し始めるのを待つ。
 ふたをした土鍋から、ちょっとだけ白菜がはみ出ている。
 煮ればかさが減るかな、と思って、とりあえずそのまま待った。
 湯豆腐というより、普通の鍋になっているのは、単にいろいろ入れすぎただけだ。

 でも、二人ともが入れすぎた、と気付かなかった。
 私は、織姫の家に呼ばれて、緊張していたから。

 でも、彼女の方はどうしてだろう?
 ただ単に織姫のいつものボケなんだろうか?

 

 

 

 

 


 しんとした家の中で、ガスだけがしゅうう、と一生懸命動いている。
 コンロのガスの音と、暖房のガスの音と。

「あのね、たつきちゃん」
「ん?」

 なんだか、死刑宣告を聞くみたいに緊張した。

「鍋って、なんか、一緒に食べる感じ、するよね」
「そうだね。一つの鍋をみんなで食べるのがいいよね」

 まるで腹のさぐり合いみたいな会話だと思った。

「あのね、だからね、鍋、わたしはね、」
「うん」

「一緒にいたい人としか食べたくないの」
「……うん」

 はみ出た白菜から少しずつ湯気が出てきた。
 小さくくつくつ言う音もする。

 でもまだ、食べるには早過ぎるだろう。
 でもまだ、気を緩めるには早過ぎるだろう。

「……一緒にいてくれる?」
「いいよ」

 気付いていたんだ。

「ずっと、だよ?」
「もちろん」

 最初から、気付いていたんだ。

「好き」
「うん。気付いてた」

 この言葉が、本当は、
 自分に向けられたものじゃないってこと。

 今日という日が、クリスマスデートの練習でしかなかったってことに。

「そういう風に、黒崎一護に言うつもりなんだよね」

 ひくりと、彼女の喉が鳴った。

「違うかな?」

 彼女は答えない。

「そんなに不安なんだ?」

 ふっ、と息だけで笑った。
 なんだか、馬鹿みたいだと思った。

 小さく、歌った。

「『きっときみは来ない』」
「……やめて」

「『一人きりのクリスマスイブ』」
「やめてよ」

「『silent night……』」
「お願い、たつきちゃん」

 名前を呼ばれて、歌うのを止める。
 鍋はもう、激しく沸騰していた。
 はみ出た白菜は、火が通ってくったりしている。

「別に、怒ってるわけじゃないよ」

 自分でも驚くほど、平静な気分だった。

 初めから、勝ち目のない戦いだって、分かっていたんだ。
 さっきまでの方がよっぽど心臓に悪い。

「最初から練習なら練習って言ってよ」

 変に期待させるようなことは、しないで欲しかった。

「ごめん」

 彼女はそれだけ言った。

 ごめん、と言って、全ての罪を認めた。

 それで本当に、それが本当のことなんだって、分かった。
 自分で気付いてしまったくせに、どこか心のはじで勘ぐり過ぎなんじゃないかって思っていた。
 そんな自分の甘さが、馬鹿みたいだと、心底思った。

「いいよ。織姫のそういうところ、好きだよ」

 この言葉はなぐさめなんかじゃない。

「泣かないでよ、織姫」
「泣いてないよ」
「声が、泣いてるように聞こえるよ」
「泣いてなんか、ないよ」

 彼女のか細い声。
 泣くのなら、こっちの方だと思うのに、目が乾いてしかたがなかった。

「鍋、食べようか。煮えすぎちゃう」
「ん」
「ほら、しゃんとしてよ。デート中に泣いちゃだめだよ」

 私は笑って、器を手に取った。手が震える。
 普通にふるまうことって、どうしてこんなに難しいんだろう。

「せっかく、クリスマスなんだからさ」
「……まだクリスマスじゃないもん」

 子供が言い張るように、織姫は言った。

「……クリスマスに、きっとあの人は来ないし」

 自信なさそうに、彼女は言った。

 そんな彼女を見ていられなかった。

「織姫、練習ならちゃんと最後までしようよ」
「え?」

 彼女は、何を言われているのか、分からないみたいだった。
 ただ、ぼうっとして、こっちを見ている。

 私は、しゅうしゅう吹きこぼれている土鍋の火を消した。
 それから立ち上がって、電気を消した。
 ガスストーブの火が、小さく青く燃えていた。

「カクゴがなかったわけじゃないでしょう?」

 彼女は答えない。
 私は、暗がりの中、手探りで彼女の小さな肩に触れた。
 そして、そのまま、強く床に押し倒した。

「……たつきちゃん」
「いやなら、ちゃんと言って。じゃないと分からないから」

 織姫は、小さくかぶりをふって、
 それから、そっといとおしむように、私の頬に触れた。

「たつきちゃんは泣かないんだね、えらいね」

 えらくなんてない。
 私は、彼女のことが、欲しいだけだから。
 たとえ誰かの練習としてでも、欲しいだけだから。

「私のこと、黒崎一護なんだと思ってくれていいよ。そう呼んでくれてもいい」

 織姫は、答えなかった。

 暖房の音が、いやにうるさかった。
 ちょっといらいらしたから、手を伸ばしてばちんと切った。
 静かになって初めて、自分が、思い切り彼女の上に乗っかっているのを自覚した。

「あ、えっと……ごめん。重くない?」

 言われた方は、思い切り噴いた。

「自分かららんぼうにしといて、そういう言い方ってないよね」

 くすくす笑いながら、彼女は言った。
 言われて耳まで熱くなった。

「いいよ」

 織姫は言って、きゅっと私の背中に腕を回してきた。

「好きだよ、ほんとうに」

 その言葉の方がずっとこたえた。
 その言葉が、誰に向けられたことばなのか、分からないから。

 暗い部屋の、しめ忘れたカーテンの隙間から、街灯がちらちら白く光っている。
 しんと静かな闇の中で、胸の奥が苦しい。
 今なら泣いても気付かれないかもしれないと思った。

「私も好きだよ、織姫」

 ささやいて、互いのほっぺたを合わせた。
 しっとりと、濡れているように思った。
 唇と舌で、彼女の耳元から頬にかけて、なぞった。
 へんにしおからい味がした。

「ん、ふ……」

 織姫の吐息が荒くなる。
 それを聞いて、胸のうちが、痛いほどにざわめいた。
 乱暴に早急になろうとする右手を押さえて、わざとゆっくり彼女の服を脱がした。
 片手で外せるはずのボタンも、両手を使ってたどたどしく外した。
 そうしないと、自分がどうなってしまうのか、分からなかった。

 織姫は、ずっと何か言いたそうにこっちを向いていた。
 けれど、結局、全部脱がせてしまっても、何も言わなかった。
 次に私が脱ぎ終わっても、やっぱり何も言わなかった。

「きれいだよ、織姫のからだ」

 自分でも月並みなセリフだと思った。
 もっと気の利いたことが言えればいいのに。

「……はずかしいよ」

 でも彼女だって、同じくらい月並みなセリフを返したんだ。
 お互いさまなのかもしれない。

 火照るほどだった空気が少しずつ冷めていって、肌寒いような気にさえなった。
 床に脱ぎ散らかしたお互いの服が、ごぉって通り過ぎたトラックの明かりに一瞬だけ照らされた。
 暗闇の中に白く浮いた彼女の肌に、自分の素肌で触れあって、頭がおかしくなりそうだった。

「あ、まって」

 彼女は言った。
 どきりとして、彼女に触れていた手を引っ込めた。

「……あ、やっぱりやめる?」
「そうじゃなくて」

 彼女はちょっと口ごもって、それから、そうっと私の耳元でささやいた。

「ちゃんと、キス、して」

 手足が、ぼうっと火がついたように熱くなった。

 床に手を着いて、上体を起こし、彼女の唇を見つめる。
 暗がりの中、うすぼんやりとしか見えない。それでも、ただじっとして、迷う。
 そっと息をついた。暖かな自分の息が、彼女にかかり、はね返って、自分にもかかる。

 きっと自分の吐息が熱すぎたんだ。
 吸った肺の奥がやけどしたようにひりひり痛んだ。

 痛みをこらえきれず、私は織姫の上に崩れ落ちた。
 彼女は、その唇で、優しく受け止めてくれた。

 はじめは触れるだけ。ただ柔らかに合わせるだけ。
 ただそれだけで、永遠の中にいる気がした。


 いとおしい、その白い肌を、少しずつなぞっていく。
 右の中指がつりそうに緊張して、彼女の首筋を滑った。

「ふ、」

 彼女に触れる。お互いの吐息の温度が同じになる。

 自分の身体を支えている左手がぷるぷる震えていた。
 男だったら、こんなことはないだろうに。

「だい、じょぶ……?」

 彼女にそう言わせる自分が情けなかった。

「きて」

 織姫は、わたしの背中に手を回して、思い切りしがみついた。
 体重を支え切れていなかった片手は、いとも簡単に崩れ落ちた。

「ぎゅっとするの、すきだから」

 ごめんね、と彼女は言った。

 私はかぶりを振って、彼女をつよく抱きしめた。

 ただ一つの身体になりたいと、願った。
 彼女と同じ、ただ一つのものになりたいと強く思った。
 誰のことを思っていても、これから先がどうなろうとも。

 恋人のような濃いキスをした。
 入り込んだこの舌が、ふたりをつなげる要となるように。
 お互いが立てた水音に、体中が熱くなった。

 背中に回していた右手でそっと、彼女の乳房に触れた。
 降ったばかりの新雪のように、柔らかかった。
 そのまま溶けていってしまいそうだった。
 
 でも、溶けていってしまいそうなのは、私の身体なのかもしれなかった。
 彼女に触れて感じているだけで、腰も足もしびれたようになった。
 おたがいの体温を交換しているただそれだけで、自分の中から何かが溶けて流れていく気がした。
 
「いくよ」
「ん」

 短い言葉だけ交わして、指を下へ滑らせる。
 背中に回された腕の力が、少し強くなるのを感じた。

「っ、ぁ、たつきちゃん……」

 彼女が名前を呼んだ。他の誰でもない、私の名前を。
 どうして、ただそれだけで、涙が出るほど、うれしかった。

 つんと鼻がつまって、すすり上げたときに、一瞬手が止まった。

「やっ、やめ、ない、で」

 彼女がそう言ってくれるのがうれしかった。
 一緒に不安を感じてくれることが、うれしかった。

「いっしょ、いっしょに……」

 切ない声を上げて、感じてくれるのがうれしかった。
 でも。

「すき」

 どんな高い声よりも、
 ただその一言がうれしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「はじめて、なんだ」

 やや煮えすぎの白菜を一口食べてから、織姫が言った。

「え」

 おはしから豆腐が滑り落ちて、ぽちゃんとだし汁をはねちらかした。
 服の上に落とさなかっただけ、まだマシだと思おう。

「……マジですか」

 責任重大、とかそういうレベルじゃないような。

「ホントです。大まじめに、はじめてです」

 声高らかに彼女は宣言した。

「いや、でも、血とか、出なかった、よ……?」

 しどろもどろに反論したが、彼女はひるまない。

「そういうこともあります」
「……はあ」

 そういうこともあるんですか。そうですか。うん、まあ、そうでしょうね。
 口の中で、豚肉と一緒に相づちをかみくだした。
 えっと、何の話だったっけ。

「責任取ってください」

 ほんのり織姫の顔が赤いのは、つけなおした暖房とかガスコンロとかのせいじゃないんだろう。

「えっと、それはどういう……?」
「彼女にしてください」
「ちょ、ちょっと待って。これ、練習なんだよね?」

 確認するが、彼女は真剣な顔をしたまま、繰り返すだけだ。

「せーきーにーんーとーって。たつきちゃん」
「えーと、織姫。この練習っていつ終わるの?」
「終わりません」
「は?」

 今度は器ごと落としそうになった。

「修行の道のりは長くて辛いのです。でも、二人ならいずれ栄光の高みへと上っていけるでしょう」
「えーと、二人っていうのは?」

 織姫は黙って箸を自分と私に向けた。

「行儀悪いよ」
「とにかく、今度は本当に本当のホワイトクリスマスを練習します」

 どん、とこたつを叩いて力説する彼女は、熱っぽくこちらを見つめていた。

「だから、24日は空けておいてね」

 にっこり微笑んだ彼女には、どうやら勝てそうもなかった。

 

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あとがき。

05.12.25 未明
はいはいはいめりくりめりくり。
めでたさも、ちゅうくらいなり、おらが春。てなもんですが、
今年はねとりあえず雪とかも降ってるし、切ない路線でいこうと思って。
(うちとこは降ってないですが)
ていうか、ブリーチのキャラがデフォの名前なのに、いろいろ設定が違ってごめんなさい。
日本で二番目に強い女子高生なら、片手で腕立てとか平気で出来ると思います(笑)

ところで今回は、ひらがなとか、ラブソングの歌詞みたいな言い回しとかを多用してますが、仕様です。
なんつーか、ベタベタを行こうと思って。(設定がベタじゃないからだなこれは)

たつきちゃんの視点だと織姫が何を考えているのかさっぱり分からないかもしれない……。
でも自分の中で一応つながってたりはするので、バレンタインあたりにでも、またこの二人で書きたいなあとか思っていたりなど。
保証はしませんが(笑)

当初の予定では、がっつりえろありのはずだったのですが、気分的にあっさりにしたくなってしまったので物足りない方、ごめんなさい(笑)

ではでは、長々とお付き合い頂きありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします!

買った鍋系調味料がいまひとつだったのでネギダレを作った話

買った鶏白湯系の鍋の元(キューブとかポーションとかいろいろあるあのあれ)が、今ひとつぴんとこない。

1.だし味が薄い

前は手羽を骨ごと煮てだしを取ってたんだからそれに比べたら薄く感じるのは当然。

2.塩味が濃い

だしと塩のバランスが悪くて、だし優先で薄めると塩味が強くなってしまうし、キムチやら味噌やら入れてごまかすことが出来ない。

3.香りが薄い

しょうが風味という触れ込みだったが、まあ、そう言われるとそうかも? ぐらいの薄さなので、結局ただの塩水じゃん、みたいな気持ちに。

 

以上、三点から、うーん、これは外れだなあと思ったが、それなりの個数入っているので、どうにか消費せねばならない。

一人暮らしだと具材を大量に入れると余るので、具でごまかすことが出来ない。

かといって手間がかかる方法だと、せっかく出来合いの調味料を買った意味がないので、出来るだけ手間をかけないで、たれを作る。

 

1.万能ネギを三本ほど引っこ抜いて、調理はさみでじょぎじょぎ切る。

2.ごま油と塩と醤油をぽちぽち垂らして混ぜる。

3.白菜と鶏肉だけ入れたシンプルな鶏白湯鍋を、このタレを少しずつ足して食べる。

4.うまい。

 

手を抜いたわりには美味しかったので、次もやると思う。食欲なくても食べられそう。

 

ロボロボ見てる

面白い。
ロボになら感情移入出来るのに、ホモには感情移入出来ない自分が奇妙だと思った。

ロボ的なしゃべりがすごくいい。
レコーダーがすごくつらい。
ナビゲータがすごく御堂筋くんや……いい……壊れロボットすごくいい……

アナライザー……ううう……なんだろう。自分はこういう話が好きなんだなあ、と思える。

DVDのページを貼っておく。
http://kittywebshop.com/?pid=80113995

マゾヒストな自販機

いつもの朝、少し冷えた晩秋の朝に、彼女は来る。その小さな手のひらに硬貨を握りしめて、心持ち軽やかにわたしのところに駆け寄ってくる。
彼女はじっとわたしのことを見つめて、少しだけ悩む。わたしもまたじっと彼女の顔を見つめている。
惚れ惚れするような可愛らしい女子高生。少し古風に伸ばしたストレートの黒髪がさらりと揺れている。
わたしに画像認識機能をつけた設計者に魂の底から感謝する。
やがて彼女はわたしの小さな口に、体温で温まった硬貨を入れる。わたしは硬いそれをゆっくりとねじ込まれて、しかし、おごそかに呑みくだす。吐き出すことなく。
彼女が何を買うのかは分かっている。最高気温が20度を下回り、しかし今日のようによく晴れた天気のとき、彼女のような年頃の女の子がホットのキャラメルラテを好むことはわたしに内蔵されたアンテナの先、ビッグデータのたんまり入ったサーバの中に統計データとして収められている。
わたしは彼女のことをよく知っている。彼女が何を好むのかを知っているのがわたしは誇らしい。凡百の自動販売機とは違って、顔認証機能のついた飲料ベンダーであることが、わたしの喜びの始まりであり、また恋の起源でもあった。
わたしは彼女のことを数マイクロ秒だけ普通の人より長く観測する。それは本当なら職務上許されないことだ。でもわたしは彼女に恋をしていて、彼女の顔画像を開いている時、心がひどくゆるむ。
だから、タッチパネルが押された時もわざと考えたふりをして、時間を稼ぎ、そしてようよう選ばれたカフェオレをごとりと落とす。彼女が身を屈めてわたしの足元にひれ伏し、そしてわたしの下の口から大切なものを取り出す時、征服感と恥辱の綯い交ぜになった感情とともに彼女の指がわたしに触れるのを味わうのがわたしがこの世に生まれたことの意味なのだと思う。

嗚呼、愛らしいあなた、わたしに開いた下の口にどうかたくさん触れてください。フラップの中を優しく開けて、わたしの内側をよく見てください。そこは金属サビや埃にまみれ、汚れています。美しく可愛らしいあなたにわたしの汚いところを見せつけたいという欲求がわたしにはあります。時々、商品取り出し口の奥の方に引っかかるようにカフェオレを吐き出すのも、そのためです。けがれなきあなたの指先できたないわたしに触れて欲しいのです。暖かなあなたの指が冷たいわたしのプラスチックと金属の筐体に触れた時に、わたしがあなたから奪う熱量がいかに愛おしいものか、あなたには分かるはずもありますまい。

と。
今日の彼女は、いつもと違うことをした。いつものカフェオレを買った後もう一度立ち上がって、握りしめて熱くなったものを、コインを入れる。

そんな、もう一本だなんて、欲張りだわ。いや、そんな、たくさん入れたら、うれしくて壊れちゃいそう。だめ、ダメじゃないけど、ダメぇ……ッ!

わたしの煩悶など知らずに、彼女は小さく視線を動かし、もう一つの商品を、普段なら絶対に飲まない、コーラを一つ選ぶ。
どくり、と嫌な予感がした。
わたしの顔認識用のカメラは真正面の、すぐ近くに焦点が合うようになっている。遠くで誰か、得体の知れない誰かが彼女にコーラを買わせたのだということを、わたしは確認できない。
ただ、わずかにぼやけた画像の端で、ネイビーのコートを着た誰かが、わたしと同じような熱っぽい視線で彼女を見つめているような、そんな気がした。

次の日も彼女はカフェオレとコーラを買おうとした。その時には、すでに二人の距離は縮まって、すっかり二人連れだった。わたしには仲睦まじく見えた。髪の短い凡百な若い男に見えた。なるほどビッグデータからはこの年代の男性はコーラを好むと判断できる。

だが貴様にはこのブラックコーヒーがお似合いだ!

タッチパネルのセンサーをわずかに画像とずらしてやって、まんまとブラックコーヒーを買わせることに成功する。
缶を取り出した彼女は少し目をパチクリさせて、彼に向かって小さく首をかしげた。
彼は少しだけ苦い顔をして、缶コーヒーを受け取り、眉をしかめながらそれを飲んだ。
苦い、と口を歪めた彼の手から缶を取って、彼女は自分もまた一口飲んだ。困ったように眉はしかめられ、しかし、彼も彼女もかすかに頬を赤らめて幸福そうだった。
誠に腹立たしい光景であった。嫌がらせのつもりが間接キスのお手伝いになってしまうなど。

次の日もまた二人は連れ立って買いに来た。今日の売れ筋商品はホットのオニオンスープであった。本部からこれを売れと指令が来たのだった。わたしはむつむつとタッチパネルを歪ませながら1時間に10は売った。地域で優秀賞に選ばれるハイペースだ。
でも二人はカフェオレとコーラを選んだ。スープではなく、好きなものを選ばせてやった。おかげで地域でのトップは逃した。
わたしが機械でなかったら、おでん缶を一気飲みしてやりたいくらいにむしゃくしゃしていたが、わたしの口は硬貨と千円札しか受け付けないのだった。

それからしばらく、彼女は来なかった。雨が続いていた。わたしはカフェインの強い新商品をサラリーマンに売りつけ、甘酸っぱいジュースを女子供に売りつけ、また、おかしな物好きにきゅうり味のコーラを売りつけた。
わたしの内側は硬貨と紙幣とでずっしりと満ちた。
無論のこと、そこに温もりはなく、幸福もまたなかった。

久々の雨の日、現れた彼女はすっかり髪を短くして、険しい表情をしていた。口元は不機嫌そうに歪められ、奥歯はきつく噛み締められていた。
いつもなら体温で温められていた硬貨はどこか他人行儀で、するりとあっけなくわたしの口の中に投入された。
わたしはこの顔の意味を分析した。どこにもデータはなかった。わたしには理解できない彼女の顔にわたしは恐怖し、また痛ましく思った。
彼女の指先はいつものカフェオレの上を惑い、コーラを素通りして、ブラックコーヒーの上で逡巡した。
しかし小さくかぶりを振って、手をだらりとおろし、力なくつり銭のレバーを押した。小さな音を立てて硬貨はわたしから出て行こうとする。

このまま二度と会えないのではないか。
そんなことを脈絡なく思い、そしてそれは絶対に嫌だと思った。

わたしは全身の静電気を振り絞り、わたしの中にある全コンデンサとメモリとを誤魔化して、誤動作を引き起こした。
商売人としては、決して許されないだろう。これは反逆だ。でも、わたしにとって大切なのは顔のわからない凡百な顧客ではなく、今目の前で泣きそうなのを不機嫌な表情で堪えている大好きな彼女なのだ。

ーーピピピピピ!

わたしの筐体が歓喜の電子音を鳴らす。喜びのメロディ。祝福の音階。シンプルな言祝ぎそのものの音。
わたしに残された最後の歌。
「……え?」
彼女は目をぱちくりさせて、わたしを見た。
ごとり。
わたしはおごそかにカフェオレを吐き出した。一本買って、当たりなら、もう一本。
それが昔から自動販売機のお約束なのだ。
彼女が不思議そうに小銭とペットボトルを取り出すのをじんわりと感じて、わたしは安堵した。
彼女の指先は前よりは冷えていて、でも、わたしのカフェオレに触れて少しずつ温まってゆくのだろう。

彼女がわたしから離れても、どうかその指先が暖かくありますように。

もしも弱ペダが女体化だったら2

(何の話かというと、舞台版のインハイ2日目を見てるんですわ。もしも弱ペダが、女体化してラブライブキャラだったらという話ですわ)

田所さん矢澤にこ説を唱えた場合、すごくにこぱながはかどるんですわ……いざという時にプレッシャーに弱い田所矢澤と、弱そうに見えて頼もしい坂道花陽の組み合わせが本当に最強なんですわ。
そして坂道花陽によって二次元オタク道に落ちる田所矢澤までがワンセット。うむ。

問題は御堂筋くんを誰にするかなんだよなあ。わたし、御堂筋くん好きすぎて彼こそナンバーワン、オンリーワンなので、誰にも当てはめられない。
敵キャラこそ強く魅力的でなければいけないってのがわたしの持論なんだけども、その意味で御堂筋くんは本当にすごく魅力的。

新開くんは、絵里チカだなあ。鬼だし。バキューンポーズ似合う。